そういや前々回のエントリーのソナタk545-1の話で「中間部までの音源」って書いたんだけど、いや「中間部」という言い方はおもきし間違いでした。正しくは「展開部」ですた。
まぁ、今さら書くようなことでも無いんだろうけど、ソナタ形式っつうのは「提示部、展開部、再現部」っていう構造の楽曲形式らしいっす。自慢ですが俺は知りませんでした。「これは文章の構造で言う所の『起承転結』とか『序破急』みたいなもんすかね、何か似てませんか?」と師匠に聞いたところ「確かに楽曲の形式は文章の構造と似ている所があると思います」とのお返事。ソナタ形式については、この3部構成を軸に更に前後に構成部が付いてきたりと色々複雑なコトがあったりするそうです。いやいや、面白いっすね。
俺が今練習しているモーツァルトのソナタk545-1は、この3部形式。ただ最初(提示部)はドーミーソと始まるんですが、再現部は何でかファーラードになるんすよね。再現なんだから別に転調しなくてドーミーソでいいんじゃねえの?とか思ったんだけど、師匠曰くドから始まるならソが属調でファが下属調って言って、だから提示部がドなら再現部はファとかソっていうのが常道とか。あー、そうなんすかぁぁ。って言うか、詳しいこと聞いてると時間が無いとかそれ以前に俺が理解不能なんで俺はフーンって思って終了。
ちなみにロックとかブルースとかでよく言われるスリーコードってやつも、ドの和音で始まるなら次に進むのはファかソの和音で、レの和音から始まるならソかラの和音っていうことらしい。要は始まりの音からの距離が関係してると。おお、そう聞くと「へえええーっ」と思ったけど、その後の話を聞いてたらやっぱりよーわからんくなってきたんでここまで。俺はコードのこととか、音の距離の呼び方?(4度上とか短何度とか)が全然しっくりこないんで詳しいことを聞いてると理解できずにつまんなくなってくるから困り者である。
さて、話は戻って楽曲の形式は文章の構造と似ているっていう件なんだけど、何で似ていると思ったかと言うと、起承転結みたいな構造だけじゃなくて、師匠からソナタの形式の説明で「再現部」っていう言葉を聞いた時、唐突に文章や詩の表現法の反復法みたいなことを連想したから。ま、根拠もなくふと湧き上がっただけなんすけどね。
ただ単に、今やってるk545-1の最初のフレーズが再現部で転調されるところがスゲーイイと思ってるだけだからかもしれないんだけど、文章でも、あるフレーズやキーワードがどこかで繰り返される時、読者に独特のニュアンスを呼び起こしたりする効果があって、俺はそういう文章が好きだったりする。だからソナタ形式の話を聞いて文章に似ていると感じたんだろう。
そんなコトを考えてると、俺はソナタの楽曲をたくさん弾いたり聴いたりしてはいないけど、ソナタは好きかもしれんなと思ったわけである。ま、それだけなんすけどね。なわけで最後に反復法というか、フレーズが再現される文章で好きな奴をひとつ。別にソナタk545-1の曲想とは関係無いんすけどね。
アメリカはまだ若く、そこに住む人々は、時にそれが野蛮なふるまいにおよぶことがあったとしても、力と勇気に満ちていた。まじないや迷信と区別がつかないことがあったが、あつい信仰心を持っていた。抜け目なく、たえず相手を出し抜くことばかり考えているくせに、とつぜん一年中街角のテラスに置かれた椅子に腰掛け静かに微笑んでいる白痴に全財産を譲ったりもした。一月の間、一日も欠けずに、毎晩三人ずつ娼婦を相手に精水をこぼし、娼婦が買えないときは馬や牛が相手でもへいちゃらなくせに、東部からやってきたレディの前にでると、ひとこともしゃべることができなかった。
アメリカはまだ若く、そこに住む人々は、老人でさえこどものように無邪気だった。ブッチ・キャシディとサンダンス・キッドのような強盗でさえ、そうだった。
高橋源一郎の小説「ゴーストバスターズ」の冒頭より
講談社
売り上げランキング: 162833

...
源一郎
「今世紀末の世界文学を代表する」という著者の言葉はハッタリじゃない
絶版は食い止めねーと
む・・・むずかししゅぎて・・・コメントができないぞぉ(笑)
もっと簡単に和訳しておくんなまし( ̄∀ ̄;)汗
うあ、申し訳ないっす。
俺も曖昧な知識ばかりなんでこの辺が限界っす。
それにしても音楽用語を簡単にわかりやすく語るってホント難しい。つか、語ってる人か本を知りたいです。
師匠の話を聞いてる時、難しくてもどかしいことが多々あります。